1868年12月1日

『渋沢栄一伝記資料』別巻第1, 第2より、該当日の日記および集会日時通知表を表示します。

1868年12月1日

DKB01 渋沢栄一伝記資料. 別巻第1 日記 (慶応4年-大正3年) > DKB10001m 自 慶応四年六月十四日 至 明治元年十一月二日 1868

十月十八日 曇細雨 火 十二月一日 朝 七時半 、御供之内四人は飛脚船乗替手筈のため本船に来る、本地より御国迄の飛船はフワーズといふ飛船なり、船の製作異なりていと少さく部屋々などいと見苦しく覚ゆ 御部屋及一同部屋等船中掛之者申談し、荷物の積替等相済、第 九時半 船中ニ而午飯、再上陸して客舎に至る、 公子 にも最早客舎にて午餐御済なれば、夫より一同御供にて美麗なる支那街を左に 杏花楼 といふ酒食を饗する料理屋御越、午飯御試酒は雪梨花酒、梅柱酒及種々佳肴を饗す、風味稍御国の味をなせり、唯器皿の清潔ならさるを厭ふ、午飯後菓餅及酸薑抔買調へ、第 二時 本船御乗組、第 五時半 頃 香港 出帆、是迄御乗組ありし飛船より為御暇乞船将士官等罷出る 半時間程島嶼間を〓行せしが、島多く夜中〓行危ふしとて、殊に天気あしく風強しとて〓行をとゝめ、此夜は島中に碇舶《(泊)》す

登場する地名

香港

登場する人物

公子

時刻

  • 07:30:00

    朝 七時半 、御供之内四人は飛脚船乗替手筈のため本船に来る、本地より御国迄の飛船はフワーズといふ飛船なり、船の製作異なりていと少さく部屋々などいと見苦しく覚ゆ 御部屋及一同部屋等船中掛之者申談し、荷物の積替等相済、第

  • 09:30:00

    九時半 船中ニ而午飯、再上陸して客舎に至る、 公子 にも最早客舎にて午餐御済なれば、夫より一同御供にて美麗なる支那街を左に 杏花楼 といふ酒食を饗する料理屋御越、午飯御試酒は雪梨花酒、梅柱酒及種々佳肴を饗す、風味稍御国の味をなせり、唯器皿の清潔ならさるを厭ふ、午飯後菓餅及酸薑抔買調へ、第

  • 14:00:00

    二時 本船御乗組、第

  • 17:30:00

    五時半 頃 香港 出帆、是迄御乗組ありし飛船より為御暇乞船将士官等罷出る 半時間程島嶼間を〓行せしが、島多く夜中〓行危ふしとて、殊に天気あしく風強しとて〓行をとゝめ、此夜は島中に碇舶《(泊)》す